6月に入り湿っぽさを増した空気を突き通りながら、全体が炎をあしらったような赤色のバイクが郊外の風を通り抜けていく。
 ど派手なバイクにまたがるのは世にも珍しいくすんだ赤毛の少年――赤羽だ。ツーリングが趣味の赤羽は、良く高洲市郊外にある大地山の麓をバイクで走り回っている。
 北側には荘厳として佇む大地山。そして麓の森が道路のすぐ側まで迫っている。森の西に広がる牛島湖が、高洲市の中心部を流れる代咲川の上流とすぐ近くにある。
 ちょうど牛島湖の辺りだろうか。陽光をガラスのように反射し光り輝く湖面に少し黒い影が少し映った。バイクを降り偶然休憩していた赤羽はふとそれが気になり、バイクにまたがり、湖の近くまで細い道路を走る。
 最初は船か何かだと思ったのだが、違った。船のようなシルエットからはあり得ない細長いものがちょうど上がっていたのだから。例えるならばそれはクレーン車のクレーンのようで、少しずつ動いていた。
 湖畔に到着すると赤羽はヘルメットをかぶったまま仰天の表情を浮かべた。
 そこにあったのは巨大な船程もあるまるで伝説の竜のような動物だった。羽こそないが、長く伸びた首。そして大きく広がる胴体。
「おいおいおいおい…………」
 焦ったように呟き、赤羽はこちらを見据える竜を小さく一瞥する。バイクのエンジン音に気づかれたようだ。
 目と目が交錯し、竜は大きな咆吼を上げたかと思うと、鼓膜を激しく振るわす水音と共に水中へと姿を消していった。
 飛び散った水でビシャビシャになりながら赤羽は、ぽかんと口を開けたままその場に佇んでいた。





第9話 ウッシーを探せ





「その話、本当なのか?」
 訝しげに眉をひそめ、龍は大げさにも取れる動作で説明する赤羽の言葉に聞き耳を立てる。あんまり信用はしていなさそうだが。
「んで、ぐばぁっと長い首が出てきてよ。そしてこっちを睨んで来やがったんだ!」
「あー、はいはい、何かの見間違いだろ」
 朝からこの話ばかり聞かされてうんざりしている黒沢は、鬱陶しそうに立ち上がり、その場をさっさと立ち去ろうとしてしまう。
「あ、それもしかしてウッシーですか?」
 不意に赤羽にかけられた声は意外にも加奈だった。先程帰ってきたばかりなのだろう、セーラー服に身を包んだままの加奈が、人差し指を立てて指摘する。
「その噂、聞いたことあるね〜」
 ノートパソコンを全員に見せるように創は立ち上がり、テーブルの上に置く。画面には以前、幽霊病院のことを書いていたサイトが映っており、今回もおどろおどろしい文字で、怪奇、牛島湖に現れた古代の首長竜『ウッシー』と書かれている。
「ねえ、加奈ちゃん、ウッシーって?」
 画面を指さし、先程から出ているウッシーという単語を加奈に訊ねる。
「あれ、知らないんですか? 最近、結構噂になっているんですけど……」
「ネッシーとかと一緒で首長竜型のUMAだよ〜。最近、頻繁に目撃されているんだよ?」
 加奈の言葉に続けて、創も画面を見ながら小さく頷く。どうやら巷ではかなり噂になっているらしい。しかもかなり最近のことのようだ。
「しかしだな、今までそんなの一切噂にならなかったのにどうして今更そんなことになる」
「いや、だから実際にいるんだって」
 黒沢の醒めた言葉に、実際に現物を見た赤羽は大きく反論するが、黒沢は一切相手にせず首を横に振り、ばっさりと切り捨てる。
「それが実際どういう理由であれ、いるとすればどうですか?」
 聞き慣れない声音にその場にいた全員が扉の方にじっと目をやる。
「アンタは……松原」
「お久しぶりです、松原さん」
 厳しい表情を浮かべる黒沢を右手で制して、龍は一歩前に出る。黒いコートに身を包み、深々とかぶったつば付の帽子が印象的な男――松原は少し唇を歪め、わずかではあるが笑みを浮かべる。
「先程の話ですが」
「馬鹿馬鹿しい。そもそも牛島湖にそこまで巨大な生物が存在できるわけがない。それだけのえさを取れる生物の量もないはずだ」
 松原の言葉を遮り、黒沢は反論を矢継ぎ早に述べていく。確かに透明度の高い牛島湖において巨大な生物が生息できるのは考えにくい。
「ですが、現にこれほどの目撃例があるということは恐らく実在するのでしょう」
「それで俺達にウッシーを探せと……」
「お察しいただきありがたいですね」
 松原の意図にいち早く気がついた龍が目を細め、松原を鋭く見据える。視線が少し交錯するが、松原は全く表情を変えず淡々と用件だけ述べていく。
「ウッシーを探していただき、調査をしてください」
「調査〜?」
 場の雰囲気に似合わぬ間延びした創の声に松原はそうですと小さく頷く。
「何にせよ、調べなきゃいけないのなら牛島湖に行くしかないだろ」
「そうだね〜」
 龍がポケットから三葉虫のキーホルダーのついた鍵を取り出し、一同をゆっくり見回す。黒沢は小さくため息をつくと立ち上がり、さっさとしろと言いたげに赤羽に一瞥をくれる。
「ではお願いしますよ」
 松原の言葉に黒沢を除く全員が頷き、そして依頼達成のために立ち上がった。





 商店街から一路北へ車を走らすこと半時間程、高洲市郊外にある牛島湖は悠々とそこに水をたたえている。水面は代わらず陽光を反射し、珠玉のような輝きを放っている。
「えっと、だいたい一ヶ月ぶりだね〜」
 湖畔を道なりに進み、以前、創達が寺川と訪れたときと同じ駐車場を目指す。
「そういえば創君は寺川さんの依頼でここに来たんだよね」
「そうだよ〜」
 白神の言葉にうんうんと大きく頷くのは創だ。
「創、そろそろ到着するから黒沢を起こして、出る準備をしておいてくれ」
「何だ、もう到着か」
 今まで黙って目を閉じていた黒沢は窓から目に入る湖畔の光景にうーんと伸びをして、固まっていた体をほぐす。
 ずるずると砂利をタイヤが引いていく音がして、すぐに開けた場所に出る。牛島湖畔駐車場だ。
「うーん、ここまで来ると良い眺めね」
 白神が助手席から出ると大きく空気を吸い、ゆっくりと空気を吐いていく。風光明媚な景色に少し白神の表情もいつもより明るい。
 龍や創が荷物を車から出すと同時に、一人バイクに乗ってやってきた赤羽も到着、合流する。
「さてと、理恵」
「うん」
 龍が目で白神に合図を送ると静かに頷き、静かに瞳をゆっくりと閉じていく。感覚を鋭くし、標的を見つける白神の得意な技の一つだ。
 黙って白神の様子をじっと見守る龍達を気にも留めることなく白神は精神を集中させ、そしてかっと何かにとりつかれたように目を見開き、何事もないように佇む湖面を凝視していく。
「見つけた…………」
 慌ただしく動いていた白神の視線が何かを捉えたのか視線を湖面の一部に集中させ、指さす。
「あー、何か黒い影が見えるね〜」
 高性能の双眼鏡を覗き込んだ創が水面に映った黒い影を見つけて、感嘆の声を上げる。
「だが、まだ決まったわけではないだろ」
「確かめに行った方が良いだろうな」
 双眼鏡を創から手渡された龍は、小さく頷くと近くの船置き場に停泊しているクルーザーを一瞥する。
「創」
「はいは〜い。わかっているよ〜」
 船置き場に向かい、小さなクルーザーに乗り込み、創は操縦桿を握る。
「これ、お前の船なのか?」
「ううん。違うよ〜」
 我が物顔で乗り込む創の姿を不審に思ったのか赤羽が不思議そうな表情を浮かべて訊ねる。創は何食わぬ顔で借り物だよ〜と言うが、実際のところは怪しいルートで稼いだ金を使って我が物にしたのだろう。
「龍、操縦は僕に任せて、調査頼むよ〜」
 クルーザーの操縦室に入ると、甲板でそれぞれ辺りを見回す龍達に声をかけて、創は操縦桿を動かしはじめる。静かなモーター音と共に聞こえる水面を切る音。
「うおー、すげぇ!」
 水面を走り出したクルーザーの甲板で大声を上げ、騒いでいるのは赤羽だ。そんな姿に、龍、白神、黒沢は仕方ない奴だと小さく苦笑いを浮かべるしかない。
 しばらくしてだろうか。クルーザーの動きが止まり、創が甲板にゆっくりと上がってきた。
「さっき見た場所はだいたいここら辺だね〜」
「わかった。早速、調べるか」
 創の言葉に龍が小さく頷き動こうとしたとき、滝壺に叩き付けるような派手な水音と共に巨大な首長竜の出で立ちをした生物がその姿を現す。
「おいおいおいおい。いきなりかよ」
 赤羽が炎を右腕に素早く纒ながら、驚嘆と共に声を荒げる。
「こっちに来るよ!」
 白神の悲鳴が響き渡ると同時に、創がばっとリモコンを瞬時に操作し、迫り来る首長竜の巨体から逃れる。
「全く、これがウッシーか。厄介だな」
 龍は黒竜の牙を手にしてそっと呟く。呻き声を上げて、こちらをぎろりと一瞥する首長竜――ウッシーはどうやらご立腹の様子だ。
「しかしこんなでかいのが自然の状態で存在することができるとは到底思えないんだがな」
 黒沢は目の前で惚けている白神を小さく一瞥してからぽつりと呟く。
「もしかしたらだけど、自然の状態じゃないのかも……」
 黒沢の横でぽつりと呟いた創の声に目を見開き、そうかと呟く。黒沢はいきなり辺りを見回し、もしかするとと思案顔になる。
「どうしたんだ、黒沢」
 創に一度、ウッシーから離れるように指示した龍が眉をひそめ、相変わらず押し黙ったままの黒沢に声をかける。
「龍、俺のさっきの言葉、覚えているか?」
「自然の状態で存在することが出来るとは到底思えない……か?」
 答える龍の顔をじっと見つめ、黒沢はああと小さく返事をする。
「自然なものじゃなくて人為的にもたらされたもの、ってこと?」
「だとすればどこかにあれを養えるだけの大きな施設があるはず……」
 会話に参加してきた白神にその通りだと手短に言葉を返し、黒沢は高洲市の地図を甲板に広げる。
「確か、ここら辺に食品製造工場があったな。最近、閉鎖されたみたいだが」
 地図上の牛島湖の一角を指さし、龍は廃工場なら食料調達の上であり得るかも知れないと説明する。
「俺も同意だ。そこに行ってみるのが一番だと思う」
「わかった。そうしよう」
 先程の船着き場に到着したところで、黒沢は創に声をかけ、クルーザーを停泊させる。
 クルーザーを降りた龍は車のキーを取り出し、駐車場に足早に戻っていく。その後を追いかけ白神や黒沢が続く。クルーザーの後始末が残る創は赤羽と共にバイクでの移動になる。
「しっかし、あんなでかいやつがいるとはなぁ」
 感嘆の声を上げ、赤羽は遠巻きに見えるウッシーの姿をじっと眺めているのだった。





 牛島湖畔を車で走ることおよそ10分。件の廃工場は本当に廃棄されたのかわからない程、営業していたときの姿で佇んでいた。
 手短に車を止め、龍は目の前に佇む工場を見て、表情をしかめる。以前の病院での一件を思い出しているのだろう。
「あ、赤羽君と創君も来たね」
 そう言って白神は、車の横にバイクを止める赤羽と創を軽く一瞥する。
「何とか追いついたぜ」
 ヘルメットを頭から外し、首を左右に揺らすのは赤羽だ。その横では創が武器の入ったポシェットを手に取り、バイクから飛び降りる。
「さてと、行こうか〜」
 ワイヤーを手に取り、激しい舞のように体を動かすと同時に、重苦しく締められていたシャッターが重厚な音と共に崩れ去る。
「初っぱなから派手にやったなぁ」
 呆れた様な目であははと会心の笑みを浮かべる創をじっと眺め、ため息をつく龍。その横では白神がははっと乾いた笑みを浮かべている。
 そんな二人の仕草に全く気づかず、そのまま創はずかずかと工場の中に入っていく。その後に黒沢が続く。
「しっかし、でかい工場だな」
「元々ベルトコンベア式に大量生産を行うための工場だからな」
「ふーん」
 きょろきょろと周りを見回す赤羽にわかりやすく説明をしながら黒沢はふと足を止め、目を細める。
「なあ、龍」
「何だ黒沢」
 突然声をかけられた龍は怪訝そうな表情を浮かべ、黒沢の顔をじっと見つめる。
「風がちょっと気になってな」
「風?」
 腑に落ちないという表情のまま、龍は黒沢の次の言葉を待つ。
「白神、空気の流れを読んでくれ」
「うん、わかった」
 白神はその場にぺたりと座り込むと大きく息を吸い、精神を集中させていく。目を閉じたまま、ふらふらと歩き出す白神。少し歩いたところで動きを止め、ゆっくりと目を開く。
「ここに隠し扉か何かがあるよ」
 白神が何の変哲もない床を指さすと、黒沢はその場所を一閃、拳を突き降ろし、粉々に破壊する。
「無茶苦茶だな、全く」
 苦い笑いを浮かべたまま、龍は黒沢の拳によって出来た空洞を覗き込む。どうやら隠し通路となっていたようで、階段が闇に吸い込まれる程続いている。
 黒沢が瓦礫をよけながら先頭を進む。その後に赤羽、創、白神、そしてしんがりは龍だ。
「しっかし暗いし、狭いし、長いし、嫌な階段だったな」
 指先に炎を灯し、懐中電灯の代わりとするのは赤羽だ。黒沢は黙って赤羽の愚痴を聞き流すと、広間と思しきだだっ広い空間で足を止める。
「どうしたの、黒沢?」
「どうやら俺達は想像以上に厄介な場所に足を踏み入れてしまったらしいな」
 黒沢が周囲を眺めると同時に、ぎぎぎと乾いた音がして、いくつもの気配が迫り来る。
「はぁ! 何だよ、こいつら!」
 赤羽が炎の弾丸を放ちながら、迫り来るものに対して驚愕の表情を浮かべる。
「これは、カマキリ……だな」
「うん、ちょっと大きいけどね〜」
「ちょっとどころじゃないと思うんだけど……」
 振り下ろされる死神の如き鎌をかわし、龍は呆れた様に人の大きさ程もある異形――カマキリに一瞥をくれる。
「邪魔だ。失せろ」
 巨大カマキリの一匹の体を魔力で生成した爪で切り裂き、囲まれている龍達に助太刀をしようとする。
「黒沢、赤羽と先に進んでいろ」
 黒竜の牙を自在に操りながらの龍の声。その表情には余裕は全くない。
「行こうぜ。こりゃあ、親玉を手っ取り早く見つけた方が良さそうだしな」
 赤羽に促され黒沢は身を翻し、わずかに見える龍達を一瞥して駆けだした。





「さて、ここまで来たわけだけど、何なんだろうな、これ」
 赤羽は周りに点在する怪しげな装置を触ろうとして、黒沢の手に弾かれる。
「むやみに触るな。恐らくは何かの実験装置だとは思う」
 黒沢は粉々に割れた試験管や大きなプラントを見ながら、そう呟いた。しかし見るからに気持ち悪い場所だ。先程のカマキリ、あれは明らかに自然のものではない。
「ここまでやってくる者がいるとは、中々面白いことになりそうだ」
 狂気に満ちた声音と共におぞましい気配がして黒沢と赤羽は同時に振り返り、こわばった表情で身構える。
「てめぇは……!」
 赤羽が声の主をじっと見つめ、表情をさらにこわばらす。いや、憤怒の形相に変えたといった方が正しいだろうか。いつもの脳天気さはそこには全くなく、殺意と憎悪の籠もった視線を投げかけている。
「ああ、その憎悪と憎しみに染まった顔、覚えていますよ。確か、あの時の実験台、でしたか?」
「外道がぁ……!」
 火花が飛び散り、赤羽の周りの温度が感情の激しさと共に上昇していく。普段冷静な黒沢ですら戸惑いを隠せない赤羽の様子をただ声の主はじっと見つめているだけだ。
「そう外道。何が悪いのでしょうか。道を外れることの妖しい美しさ、夢、ロマン。それがわからないものなど所詮……」
 ばっと手術台を照らすような強烈な明かりと共に、強烈な悪意と狂気に染まった男の顔が浮かび上がる。
「私の掌で踊る贄に過ぎないのですから」
 一閃、先程までと同じ巨大カマキリの鎌が振りかざされる。
「ちっ、面倒な野郎だ」
 黒沢は顔をしかめながら、右腕に魔力を纏い、鎌を受け止める。一方、赤羽はカマキリを炎の弾丸で撃ち払い、外道に迫りかかる。
「てめぇは、てめぇだけは!」
 中指から指輪を抜き放ち、上半身に炎の鎧を纏い、右手に炎で構成された剣を持ち、斬りかかる。
「その程度、痛くも痒くも……。むしろ快感だ」
 右手一本で炎の剣を受け止め、下卑た笑みを浮かべる外道。ぐっと歯を食いしばり、剣から素早く腕に絡みつくように蛇の姿に炎を変え、外道の右腕を焼き払おうと裂帛の気合いを込める。
「……爆ぜろ!」
 しつこい蛇の如く絡みついていた炎が派手な花火のように手元で爆ぜる。手元で生じた衝撃波で外道もろとも赤羽も吹き飛ばされ、派手な音を立て壁に激突する。
「げほっ」
「無茶しすぎだ、バカ野郎」
 黒沢が魔力の爪を揃え、一本の刃としてカマキリを切り裂いたと同時に呟く。
「くくくくく……。あっはっはっはっはっはっは!」
 突然聞こえる狂った笑い声と徐々に戻ってくるあの悪意と狂気。思わず身を固くする黒沢は逡巡し、動けない赤羽の前にカバーするように立ちはだかる。
「まさか私の右腕を持って行くとはやるではないか。実験台の分際で」
「流石にあの程度ではやられないか」
 黒沢は目を細め、体に力を込めていく。禍々しいオーラがどす黒い色と共に右腕に巻き付き、収束していく。
「破壊の右腕」
 呟くと同時に黒沢は外道の後に回り込み、右腕を突きつけるが、それを外道は軽くかわし、どこからか刃物を取り出し、逆に突きつけてくる。
「はっ」
 右腕で刃物をつかみ取り、粉々に握りつぶす。外道は相変わらず気持ちの悪い笑みを浮かべたままだ。
「黒沢、どけ、そいつは俺の相手だ!」
 いつの間にか再び炎を身に纏った赤羽が紅蓮の炎を剣に外道の前に躍り出る。
「君の力などさっきのであらかた計れた。実験台に用はないのだよ」
「何だと、てめぇ」
 炎を先程のように絡ませようとするが巧みに外道はそれをかわし、赤羽の死角に入り込む。だが、そこに黒沢が割って入り、追撃を許さない。
「赤羽」
「何だよ、邪魔す……」
「御託は後にしろ。こいつは一人で戦って気合いと根性とその他諸々で何とかなる相手ではない」
 黒沢は有無を言わさず赤羽を制し、ぽきりと腕を鳴らし、外道を見つめる。
「わかった。良いだろう。だがな、確実に奴はここで潰す。良いな?」
「わかったわかった」
 黒沢は破壊の右腕に力を込めると、赤羽の前に右手を差し出す。
「ありったけの炎を巻き付けろ。いいな」
「ああ」
 赤羽の炎が破壊の右腕の黒いオーラと混じり合い乾きかけの血のように赤黒く変色する。
「煉獄の右腕……ってところか」
 黒沢は渾身の力のこもった右腕を振りかざす。外道は突然周りを囲むように吹き出した炎に少し動きが止まる。その瞬間を黒沢は見逃さない。
「地獄の業火に切り刻まれ、焼き尽くされろ」
 的確に外道を捉えた黒沢と赤羽の渾身の一撃は外道を焼き尽くし、粉々に切り刻み、奇妙な笑い声を上げる外道を消し去っていく。
「よっと何とか倒せたな」
「ああ」
 黒沢の声に応える赤羽の声はまだ暗く、どこか先程までのことを引きずっているようだ。
「ところであいつの言っていた実験台って何だ」
「ああいう化け物をいっぱい作っているんだよ。赤い風の八闘将・外道はな」
 苦々しげに呟いた赤羽の横顔は普段は全く見せることのない憤怒や憎悪と言った信じがたいものに包まれていた。
「聞いて悪かったな。こんな陰気な場所に居る必要もない。どうせ、ここであの野郎がウッシーを作っていたのだろうかな」
「ああ、行くぜ」
 どこか元気のない赤羽を連れだって、黒沢は気味の悪い何も残らない研究室を後に、龍達の姿を探しに行くのだった。





 一方の龍達はカマキリの大群を何とか撃退し、白神がウッシーの気配を感じたため、気配のする場所を目指していた。
「いた……ってめちゃくちゃ暴れているじゃん」
 広間に出たかと思うと、鎖で繋がれたウッシーが悲鳴とも取れる甲高い声を盛んに放っている。
 と同時に白神が急に頭を抑えてうずくまりだした。頭が痛いと呻く白神にウッシーの長い首が迫り来る。
「まずい」
 龍は躊躇することなく白神を抱き上げると、暴れ出したウッシーの攻撃をすんでの所でかわしていく。
「りゅ、龍君……」
「どうしたんだ、いきなり」
 心配そうな表情を浮かべる龍を白神は青白いやつれた顔で見上げる。哀願するような瞳にどきりと龍は目を奪われる。
「あの子を楽にしてあげて……。あの子はもう助けてあげられないから……」
 龍は一言も洩らさず白神の声を聞き入れ、その場に白神を優しく横たえる。ぐっと力強く握った右腕を突き出し、笑みを浮かべる。
「創、守りは頼むぞ」
 鞘から抜き出した黒塗りの刀――黒竜の牙を取り出し、ワイヤーによる防御陣をして、創を軽く一瞥する。創は無言で任せてと、小さく笑みを浮かべると隣で横たわる白神をゆっくり介抱し、戦況を見守る。
「青木流……、流動閃」
 じたばたと暴れ狂うウッシーの巨体を流れるようにかわし、鋭い斬激を幾つも放つ。だが、大した傷を与えることも出来ず、暴れる度合いが激しくなるだけだ。
「龍、君。その子はね、頭をやられている……。音で……」
「音?」
 ウッシーの動きをかわしながら訝しげに龍は眉をひそめる。
「まさか、超音波?」
「多分……」
 はっとなった創の顔を見つめながら、白神はほんの少し首を動かし頷く。
「龍。超音波はねぇ。生命に悪影響を与えるんだ。アメリカの魚雷探知機か何かが発する超音波で鯨の大量座礁が起きた例もあるんだ」
「なるほどな」
 納得して龍は小さく頷く。感覚の鋭すぎる白神は人一倍超音波か何かの影響を受けてしまう。普通の人間が感じないレベルでもだ。
「秘剣……、燕殺」
 一閃。黒い稲妻がウッシーの首元を一気に切断する。何もわからぬまま、音を立てて崩れ落ちる巨体。太い動脈から吹き出した血を全身に浴びながら龍は、そっと目を閉じる。
「お疲れ様……」
「ああ」
 黒竜の牙を手にしたまま、創と白神の元へ向かう龍の足は、小さな悲鳴によってぱっと止められてしまう。
「あ、ああ……、あ…………、あ、あ……。こ、来ないで……」
 引きつけを起こした子供のように視界の中に入る龍を拒絶するように、体を後に動かそうとする白神。黒水晶のような澄んだ瞳は輝きを失い、ただ龍を見、龍を見ていないようであった。
「理恵?」
「いやぁ、来ないで! こっちに来ないで!」
 明らかに引きつった声で拒絶の言葉を放つ白神。龍は創にじっと射貫くような視線を送り、創は白神の体を覆うようにワイヤーを優しく巻き付け、引きつけを収めようとする。
「龍…………」
「このことは誰にも言うな。良いな?」
 黒竜の牙を鞘に収め、血に染まった洋服を脱ぎ捨て、厳しい表情を浮かべた龍は静かにそれでいて有無を言わさぬ声音で呟いた。





 その日、牛島湖は赤く染まっていた。かつて龍神伝説があった牛島湖では龍神の祟りだ、なんちゃらと新聞などには書き上げるのだろうが、実態はウッシーの血が大量に流れたことだった。
「ふふふふ……。貴方が殺されるとは中々の技量の持ち主のようですね、外道」
「流石に、不覚を取りはしたが、何てことはない」
 赤く染まった湖をじっと眺め、笑みすら浮かべる少女の横に、スライム状の液体のようなものが現れ、にゅるりと人の形になる。
「何にせよ、ここでの実験は終わりましたね」
「そうだ」
 少女の横に倒れている男の姿を見て、液体は染み込むように体に染み込んでいく。
「新しい体はどうですか? 私がじっくり色に染め上げたのですが」
「悪くはない」
 醜悪な笑みを浮かべ、外道は新しい体をじっくりとなめ回すように見つめる。
「どこに……行くの?」
「ここでの実験は終わった。後は別の場所で行う」
 相変わらずな感じで少女を一瞥した外道は気味の悪い笑みを浮かべたまま、その場から姿を消した。
 消えてしまった外道の姿を見送り、くすりと少女は無邪気な笑みを浮かべるのだった。

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